細胞・生体機能の解析

当研究室では,細胞や生体の機能を計算機上に再現し,シミュレーション解析によりメカニズムを解明する研究を行っている.近年,細胞の電気的活動や機械的活動を形成する構成要素それぞれについてメカニズムの解明が進み,これまで定性的にしか把握されていなかった機能が定量的に数理モデル化されるようになった.しかし,機能要素の複雑な相互作用によって構成される生体機能については未だ分かっていないことが多い.そこで当研究室では,心臓・循環系を中心に,細胞や組織,臓器の機能をモデル化してシミュレーション解析を行うことで,動物実験や計測だけでは解明が困難な生理機能や病態の統合的メカニズムを解明する研究を行っている.この研究には,生体の仕組みを探求するという科学的価値だけでなく,生体機能の理解が進むことで診断・治療の向上に繋がることが期待される.

関連プロジェクト

左心室拍動シミュレーション

心臓は生命維持に不可欠の重要な臓器であり,その中でも左心室は全身に血液を拍出するポンプの機能を担っており特に重要である.そこで,左心室の拍動機能を対象とした数理モデルを構築してシミュレーションすることで,心臓の仕組みや病態の影響を詳細に解析する研究を行っている.

図1:応力分布の解析結果
正常 心筋梗塞

心壁は心筋繊維により構成され,さらに,心筋繊維は心筋細胞の結合により構成されている.左心室の拍動は,心筋細胞が電気的に興奮して収縮することで生み出される.また,薬剤効果や遺伝子発現の影響が直接現れるのは細胞である.そこで我々は,心筋細胞の電気的活動と収縮力発生を再現する心筋細胞モデルを用いて多数の細胞の活動を同時に計算し,それを集積して左心室の構造力学的な変形を計算するモデルを構築している.

我々が心筋細胞モデルとして利用しているKyotoモデルは,膨大な実験データに基づいて細胞の構成要素の機能を個々に定式化したものを統合することで心筋細胞の生理機能を非常に詳細に表現したモデルであり,300個以上の変数・数式と200個以上のパラメータ定数から構成される約60次元の微分代数方程式となっている.このように緻密な細胞モデルを用いることで,細胞レベルの現象が左心室全体の機能に及ぼす影響を詳細に解析することができる.

一方,心筋細胞の収縮を単純に集積しても左心室の挙動を再現することはできない.心筋繊維はらせん状の構造で心壁を構成しており,その構造が重要だと考えられている.また,心壁の部位によって心筋細胞の性質に多少の差異があることが分かっている.そこで,我々の左心室モデルでは,心筋繊維の配列方向や心筋細胞の空間的不均質性を考慮している.

我々の研究グループではこれまでに,心筋繊維配向が現実とは異なった場合や,細胞不均質性がなかった場合に,心機能にどのような影響を及ぼすのかといった,仮想実験により心臓の仕組みを明らかにする研究を行っている.また,心筋梗塞や狭心症といった虚血性心疾患が心機能に与える影響についてもシミュレーションによる解析を行っている(図1).

循環動態シミュレーション

心臓は収縮することで血圧を発生し,全身に血液を循環させる血流を生み出す. 心血管系の働きを考える上で循環動態を解析することは重要である. そこで,全身の血管系と心臓による血圧発生を表現するモデルを構築して シミュレーション解析を行っている.

各血管は血液容量と弾性との組み合わせとして表現できる. そこで我々は, 全身の血管系を血液容量と弾性と持つコンパートメントが連なった回路として表現し, 左心室の拍出機能を心筋細胞モデルを用いて表現した全身循環モデルを構築している (図2). このモデルでは,心筋細胞の変化が, 心臓の仕事量や全身の血圧に与える影響を解析することができる.

図2:全身循環モデル
心血管系回路 シミュレーション結果

近年の発表実績

論文

  • 嶋吉 隆夫,久保田 悠太,天野 晃,松田 哲也.局所酸素消費量分布解析のための心筋組織微小循環シミュレーションモデル.「生体医工学」,51(4), pp. 248-253, 2013.
  • Takao Shimayoshi, Yuki Hasegawa, Mitsuharu Mishima, Tetsuya Matsuda. Theoretical analysis on the relationship between left ventricular energetic efficiency and acute infarct size. IET Systems Biology, 7(3), pp. 74-78, 2013.
  • 王裕雯,嶋吉隆夫,天野晃,松田哲也.心機能評価可能なヒト乳児循環動態シミュレーションモデル.「電子情報通信学会論文誌」, J95-D(2), pp. 331-338, 2012.

学会発表

  • Takao Shimayoshi, Akira Amano, Tetsuya Matsuda. Theoretical Analysis on Cardiac Energetic Efficiency using a Simple Multiscale Model. Cardiac Physiome Workshop 2013, アメリカ メーン州, 2013/10.
  • 小川貴史,嶋吉隆夫,松田哲也.左心室連成シミュレーションに有限要素モデルのメッシュ分割が与える影響の検討.生体工学シンポジウム2013,福岡市,2013/9.
  • 長谷川雄基,三島充晴,嶋吉隆夫,天野晃,松田哲也.貫壁性不均一性が心エネルギー効率に与える影響に関する理論的解析.生体工学シンポジウム2013,福岡市, 2013/9.
  • Takao Shimayoshi, Yukiko Himeno, Akira Amano, Tetsuya Matsuda, Akinori Noma. Computational model of cardiovascular dynamics for assessment of cardiac energetic efficiency. IUPS2013, イギリス バーミンガム, 2013/7.
  • Yuki Hasegawa, Mitsuharu Mishima, Takao Shimayoshi, Akira Amano, Tetsuya Matsuda. A study on the relationship between electrical transmural heterogeneity and ventricular energetics. IEEE EMBC 2013, 大阪, 2013/7.
  • 長谷川雄基,嶋吉隆夫,天野晃,松田哲也.連成循環動態シミュレーションモデルにおける数値法.第51回生体医工学会大会,福岡市,2012/5.
  • 嶋吉隆夫,赤路慶朗,久保田悠太,天野晃,松田哲也.局所酸素消費量分布解析のための心筋組織微小循環シミュレーションモデル.生体医工学シンポジウム2011,長野県長野市,2011/9.