シミュレーション応用

当研究室では,細胞・生体機能シミュレーションを創薬や臨床に応用するための研究を行っている.薬剤や医療技術の開発のためには多くの実験が必要とされるが,生体を用いた実験や計測は,多くの時間と資力が求められるうえ,様々な困難や限界があり,さらには倫理的な問題も抱えている.そこで,当研究室では,細胞や生体機能の計算機シミュレーションを創薬や臨床の場面に応用するための研究を進めている.

薬剤作用推定

近年の薬剤の新規開発では一般的に,標的分子に結合する化合物を網羅的に探索し,候補化合物から選別していく工程を取っている.しかし,一般的に化合物は標的分子だけでなく他の分子にも作用することが多く,これが副作用の原因となる.それゆえ,薬剤の実際の効果を効率的に調査することが重要である.そこで我々は,細胞シミュレーションを応用することで,実細胞の実験結果から実際の薬剤作用を推定する手法の開発を行っている.

細胞モデルのパラメータ定数を変化させると,それに応じてシミュレーション結果は変化する.そこで,細胞に薬剤を投与する前後の実験結果に対して,それに合致するシミュレーション結果となるパラメータ定数の組み合わせを探索する.投薬前後の実験結果に対して得られたパラメータ定数の組み合わせを比較することで,薬剤が細胞に及ぼした効果を推定できる.

図1:薬物作用推定
実験データ シミュレーション

我々の研究グループはこれまでに,心筋細胞の電気的活動を示す波形(活動電位波形)の実験データを対象に,薬物作用推定手法を適用した.その結果,既に作用が十分に知られている薬剤に対して,その作用に合致する推定結果を得ることができている(図1).

薬剤誘発性不整脈の解析

薬剤の副作用によって不整脈が偶発的に発生する薬剤誘発性不整脈は大きな問題となっている.副作用による不整脈は薬剤投与により必ず発生するわけではなく,投与量や個人の遺伝的形質,生理状態に応じて危険性が変化する.しかし,細胞実験では個体差などの影響により様々な状況を系統的に解析することは困難である.そこで我々は,不整脈の原因である心筋細胞の異常電気活動について,計算機シミュレーションを用いて発生メカニズムや発生条件を推定する研究を行っている.

細胞モデルに対して,薬剤投与の影響を反映するようパラメータを変化させ,さらに,個人差や生理状態に関係する複数パラメータを同時に変化させて網羅的にシミュレーションを行うことで,様々な個体や状況への薬剤投与の影響を調査できる.さらに,細胞の異常活動が生じるまでの時間や経過などを指標に用いることで,不整脈発生の危険度を数値化できる.

我々の研究グループはこれまでに,不整脈を引き起こす異常電気活動が発生する条件と危険度の推定を試みている.計算機シミュレーションでは,細胞実験では測定できない生理活性物質の濃度変化なども取得でき,異常活動に至った要因とプロセスに関する解析を行っている(図2).

図2:不整脈危険度マップ例

近年の発表実績

学会発表

  • 武下大毅,嶋吉隆夫,松田哲也.心筋細胞モデルのパラメタ変化による遅延後脱分極発生への影響調査.情報処理学会バイオ情報学研究会,東京都調布市,2011/12.
  • 藤井学,嶋吉隆夫,陸建銀,朝倉圭一,天野晃,松田哲也.薬物作用推定を目的とした心筋細胞モデルのパラメタ空間解析.電子情報通信学会MBE研究会,宮城県仙台市,2010/11.